ゆかりごはんの縁結び -読書記録-

とにかく面白い小説が読みたい…!

『青の炎』貴志祐介:大切なものを守るための完全犯罪


『青の炎』

著者 :貴志祐介

出版社:角川文庫

ページ:496

満足度:★★★★★★★★★☆

 

貴志祐介、それは傑作しか書けない病を患っているエンタメ天才作家である。ホラーだろうとミステリだろうとSFだろうと、何でも書けてしまう上に全てが最高に面白い。そのジャンルの広さとエンタメ力の高さから、彼の作品の虜となる読者も多いだろう。とにかく面白い小説が読みたいっ…!と思ったら、まず彼の作品を手に取ってみると良い。

そんな貴志祐介の小説の中でも、個人的にかなりおすすめなのが、『青の炎』である。今作は貴志作品の中でもかなり人気が高く、実写化もされている大ヒット作だ。僕はこの小説が本当に大好きで、ふと思い出しては何度も読み返している。今回はそんな名作、『青の炎』について感想を記そうと思う。

 

以下、あらすじ

櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。

 

大切のものを守るための、切ない完全犯罪

本作は「倒叙ミステリ」、いわゆる犯罪者視点から語られる作品となっており、主人公である高校生:櫛森秀一が何を思い、なぜ殺人を犯すまでに至ったかを繊細に描いた作品である。秀一は、母親と妹の3人暮らしで幸せな毎日を過ごしていたのだが、ある日急に1人の男が櫛森家に転がり込んでくる。その男こそが、秀一が心から死んでほしいと願った相手である母親の再婚相手(10年前に離婚済み):曾根隆司である。何を隠そう、こいつが本当にゴミ屑カス野郎なのだ。

この男は、酒とギャンブルに溺れた無職という救いようのない屑であり、酒をがぶ飲みして暴れたり、妹の学費をギャンブルで溶かしたり、子供を脅しの種に使い母親を犯したりする。そんな男が家の中で、毎日毎日傍若無人に振る舞っているのである。笑顔に溢れていた日常は、一気にどん底にまで叩き落される。主人公にとって一番大切な「幸せな家庭」がどんどん崩壊していってしまう。

元々、家庭の中で唯一の男性であった秀一は、「幸せな家庭」を守らなければいけないという使命感を常に抱いていた。それなのに、たったゴミ人間1人のせいで家庭が狂っていく。幸せが壊れていく。笑顔が失われていく。警察や弁護士は役に立たない。何としても大切な家庭を守らなければ。大好きな母と妹を護らなければ。その一心で、秀一はその男を殺すための作戦を計画した。超えてはいけない一線であることは心の中でわかっていても、家族が苦しんでいる姿を見るのが耐えられなかったのだ。

こうして、秀一は「完全犯罪」を実行してしまうのだ。

 

完全犯罪…だったはずなのに

こうして、秀一は隆司を殺すことに成功する。他殺だと思われないように突然死に見せかけた殺人。何度も計画を練り直し、何度も予行練習を行い、考えに考え抜いた完全犯罪。絶対にばれるわけがないと秀一は自信を持っていた。だが、予想だにしない角度から、徐々に完全犯罪に綻びが生じてしまう。このままでは完全犯罪が明るみに出てしまう…。そして、超えてはいけないラインを既に飛び越えてしまっている秀一は、ためらうことなく2度目の過ちを犯してしまう。

このあたりの展開が本当につらい。あの屑男に出会ってさえいなければ優しい青年であったはずの秀一が、自身の殺人を隠すためにさらなる犯罪を積み重ねていく。そうした行為がさらに秀一を追い詰めていく。ひたすらに苦しい展開が続く。逃げ場が失われていく。そんな中、最後に秀一が取った行動とは。そこは実際に本作を読んで、その目で結末を確かめてほしいと思う。

 

男心をくすぐるガレージ

今作では、秀一が基地として利用しているガレージが登場する。これが本当に魅力的なのだ。例えるのなら、所ジョージの世田谷ベースみたいな感じ。自分好みに改造してある誰も知らない秘密基地…。男の憧れである。僕が初めて今作を読んだのは高校生の時なのだが、このガレージがとてつもなく羨ましく、家の押し入れに自分の好きな小説や漫画、ゲームを詰め込んで、懐中電灯を付けながら一日中引きこもったりしたものである。そのせいで視力がガタ落ちして、母親に押し入れ禁止令を出されたのは良い思い出だ。

 

 

貴志祐介作品の中では、No.1に挙げる人も非常に多い今作であるが、それもそのはずだろう。貴志作品の中では非常に一般受けしやすい作品であるだろうし、読後感も切なくもあり爽やかでもある。秀一の周りの人間も屑男を除けば全員良い人で、最後にクラスメイト達がとった秀一を思っての行動は少し泣いてしまった。まだ本作を読んだことがない方がもしいれば、全力でお勧めする。そして、この作品が気に入ったのであれば、他の貴志祐介作品も是非読んでみてほしい。絶対にハマるから。