ゆかりごはんの縁結び -読書記録-

とにかく面白い小説が読みたい…!

2024年4月 3週目 読んだ本まとめ 『兎は薄氷に駆ける』『バスタブで暮らす』『時をかけるゆとり』『運転者』

どうも、ゆかりごはんです。

X(Twitter)で読書用アカウントを作ってみた。なんとなくで始めたのだが、これがまぁ素晴らしい。他の方がポストしている本の感想を読んでいるだけで楽しいし、自分の感想に反応をもらえるのがすごく嬉しい。読みたい本も大量に増えた。積読が…。

それはそれとして、今週も読んだ本を記録がてらまとめて行こうと思う。

 

『兎は薄氷に駆ける』貴志祐介

父の冤罪をすすぐため、 
青年は身命を賭して復讐を誓った。 
――最後に暴かれるのは誰の嘘なのか!? 


ある嵐の晩、資産家男性が自宅で命を落とす。死因は愛車のエンジンの不完全燃焼による一酸化炭素中毒。容疑者として浮かんだ被害者の甥、日高英之の自白で事件は解決に向かうと思われたが、それは15年前の殺人事件に端を発する壮大な復讐劇の始まりだった。警察・検察、15 年前の事件の弁護も担当した本郷、事件調査を請け負う垂水、恋人の千春……。それぞれの思惑が絡み合い、事件は意外な方向に二転三転していく。稀代のストーリーテラーが満を持して放つ、現代日本の“リアルホラー”! 

「やってない。親父は無実です。」

エンタメ界の神様:貴志祐介による法定サスペンス。先に言っておくが、僕は生粋の貴志祐介信者である。中一の頃に『悪の教典』を読んで以来、貴志祐介という四文字が頭の中から離れなくなり、貴志小説を何度も読み返す日々を送っていた。大人になった今でも、無意識に貴志祐介の名をボソボソと呟いたりしてしまう。完全に変質者である。

貴志祐介作品の最大の特徴は、異常なまでのリーダビリティの高さである。一度読み始めるともう止まらない。徹夜確定である。今作もその力は健在であり、500ページ近くあったにもかかわらず一日で読み切ってしまった。

今作のテーマは「冤罪」である。物語は主人公に対する取り調べから始まるのだが、ここからもうかなりキツイ。刑事がゴミすぎる。傷が残らない程度に暴力をふるい、精神的に追い詰め、自白を強要する。コンプラ順守が叫ばれる昨今において、時代錯誤も甚だしい行為である。こうして主人公は嘘の自白をしてしまう。

その後、調査パートと法廷パートが交互に描かれながら、事件の真実が暴かれていく構成となっている。逆転裁判オタクの僕にはたまらない構成である。法廷パートの弁護士と検事のやり取りも凄まじいパワーがあり、まるでその場にいるような迫力が感じられた。やっぱり貴志祐介の筆力は半端ない。

重厚でエンタメ力の高い小説が読みたい人におススメの名作である。

 

『バスタブで暮らす』四季大雅

22歳女子、実家のバスタブで暮らし始める

「人間は、テンションが高すぎる」ーー

磯原めだかは、人とはちょっと違う感性を持つ女の子。
ちいさく生まれてちいさく育ち、欲望らしい欲望もほとんどない。物欲がない、食欲がない、恋愛に興味がない、将来は何者にもなりたくない。できれば二十歳で死にたい……。

オナラばかりする父、二度のがんを克服した母、いたずら好きでクリエイティブな兄、ゆかいな家族に支えられて、それなりに楽しく暮らしてきたけれど、就職のために実家を離れると、事件は起こった。上司のパワハラに耐えかね、心を病み、たった一ヶ月で実家にとんぼ返りしてしまったのだ。

逃げ込むように、こころ落ち着くバスタブのなかで暮らし始めることに。マットレスを敷き、ぬいぐるみを梱包材みたいに詰め、パソコンや小型冷蔵庫、電気ケトルを持ち込み……。さらには防音設備や冷暖房が完備され、バスルームが快適空間へと変貌を遂げていく。

けれど、磯原家もずっとそのままというわけにはいかなくて……。

このライトノベルがすごい!2023」総合新作部門 第1位『わたしはあなたの涙になりたい』の【四季大雅×柳すえ】のコンビで贈る、笑って泣ける、新しい家族の物語。

「人間は、テンションが高すぎる」

先週紹介した名作ミステリ小説『ミリは猫の瞳のなかに住んでいる』の作者:四季大雅によるハートフルストーリー。前作とはかなりジャンルが違う小説なのだが、安定して面白く、作者の筆力の高さが伺える。

今作を要約すると、バスタブに入った主人公が、そこから出るまでの物語である。ただの入浴かな?と思ったそこのあなた。全然違う。物語の序盤で主人公は、上司のパワハラで精神を病んでしまい、実家のバスタブ内で生活するようになる。そこからある事件をきっかけに立ち上がり、自立していくまでの成長物語である。

正直に言って、今作は全体的にハードである。それでも、ラノベらしいコミカルなキャラがたくさん出てくるので、かなりマイルドにはなっている。主人公がバスタブの中で、Vtuber配信を始めたりするところも現代っぽくて良い。後半の方はかなり暗い展開になるのだが、主人公周りの人間たちの明るさで極端に暗くはならないので、そういう話が苦手な方でも楽しめると思う。

「復讐は優雅になされなければならない」カッコ良い…。本作で一番好きなセリフである。やっぱり僕は四季大雅先生の言葉選びが好きだ。難しい言葉を使わずに、スパっと本質を突くような表現が気持ち良い。これからも追わせていただきます。

 

『時をかけるゆとり』朝井リョウ

就職活動生の群像『何者』で戦後最年少の直木賞受賞者となった著者。初のエッセイ集では天与の観察眼を縦横無尽に駆使し、上京の日々、バイト、夏休み、就活そして社会人生活について綴る。「ゆとり世代」が「ゆとり世代」を見た、切なさとおかしみが炸裂する23編。『学生時代にやらなくてもいい20のこと』に社会人篇を追加・加筆し改題。

「エンジョイ♪」

戦後最年少直木賞作家:朝井リョウによるエッセイ集。単刀直入に言おう。アホ程笑える傑作である。本当に『桐島、部活やめるってよ』と同じ作者なのだろうか。バカと天才は紙一重という言葉は彼のためにあるのだと思わされた。

とにかく思いつきで無茶をやり、友人たちとギャハギャハと笑い合い、変人たちとバトルを繰り広げる。楽しそうで良いなぁ…。しかも、そんなバカをしている裏では小説家としての才能を開花させ、直木賞まで取っている。すでに濃厚すぎる人生である。

本作の中で特に好きなエピソードは、夏休みの課題作品として、自分のクラス名簿を基に500ページ超えの『バトル・ロワイアル』を執筆し提出したという話である。先生を序盤で退場させなければいけない都合上、当時の担任を早々に殺してしまい、それが問題視されて職員会議に議題として挙げられる。このエピソードはサラっと流される感じで書かれているのだが、僕は会社で爆笑してしまった。

とにかくバカ笑いしたい人におススメの爆笑必至の傑作エッセイ集。決して公共の場で読まないように。ニヤニヤしすぎて、気持ち悪い人だと思われてしまうので。

 

『運転者』喜多川泰

中年にして歩合制の保険営業に転職し、三年目の修一。
しかし、なかなか思うように成果が上がらない日々を過ごしていた。

ある日、唐突な担当顧客の大量解約を受け、
いよいよ金銭的にも精神的にも窮地に追いやられてしまう。

妻が楽しみにしていた海外旅行計画はキャンセルするしかない。
娘は不登校に陥っているうえに、今後の学費の工面も難しくなるだろう。
さらに長い間帰れていない実家で一人暮らしをしている、母からの電話が心にのしかかる。

「……なんで俺ばっかりこんな目に合うんだよ」

思わず独り言を言ったそのとき、
ふと目の前に、タクシーが近づいてくるのに修一は気がつく。

それは乗客の「運」を「転」ずるという摩訶不思議なタクシーで――?

「上機嫌であり続けることが運を好転させる」

しがないサラリーマンが、タクシーの運転手と出会って人生と向き合っていく作品。運が良いとは何か、考えさせられる素敵な作品だった。

今作は、小説という体をなしている自己啓発本である。運というものは、いつも朗らかで上機嫌で他者に興味を持てる人の元にやってくる、という当然のことに改めて気づかせてくれる。良い小説だ。

 

 

2024年4月 2週目 読んだ本まとめ 『正欲』『宙ごはん』『ミリは猫の瞳のなかに住んでいる』他二作

どうも、ゆかりごはんです。

今週も読んだ本を記録がてらまとめて行こうと思う。僕が今週読んだ小説は、以下の5作である。

 

『正欲』朝井リョウ

あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。

息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。

しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。

「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」

これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?

作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。

めちゃくちゃ面白かった…!

ただ面白いというだけではなく、非常に興味深い作品だった。鬼才、朝井リョウが考える「多様性」が存分に詰め込まれている、思想書のような小説である。今の時代、ただマイノリティに寄り添って正義面したいだけの作品は腐るほどある。しかし、この作品はそこから一歩踏み込んだ切り口で書かれている。自分がマイノリティ側の人間だと自覚している人間たちが、本気で今を生きようともがいた結果どうなるのか。その結末は、是非その目で確認してみてほしい。

しかし、こんな問題作とも呼べる作品が本屋大賞にノミネートされ、さらには僕ら世代のスター女優:新垣結衣主演で映画化されるなんて…。ものすごい時代である。僕は基本的に小説/漫画原作の実写映画は見ないのだが、この作品に限ってはかなり気になっている。サブスクに追加されたら見てみようかな。

 

『宙ごはん』町田そのこ

この物語は、あなたの人生を支えてくれる

宙には、育ててくれている『ママ』と産んでくれた『お母さん』がいる。厳しいときもあるけれど愛情いっぱいで接してくれるママ・風海と、イラストレーターとして活躍し、大人らしくなさが魅力的なお母さん・花野だ。二人の母がいるのは「さいこーにしあわせ」だった。
宙が小学校に上がるとき、夫の海外赴任に同行する風海のもとを離れ、花野と暮らし始める。待っていたのは、ごはんも作らず子どもの世話もしない、授業参観には来ないのに恋人とデートに行く母親との生活だった。代わりに手を差し伸べてくれたのは、商店街のビストロで働く佐伯だ。花野の中学時代の後輩の佐伯は、毎日のごはんを用意してくれて、話し相手にもなってくれた。ある日、花野への不満を溜め、堪えられなくなって家を飛び出した宙に、佐伯はとっておきのパンケーキを作ってくれ、レシピまで教えてくれた。その日から、宙は教わったレシピをノートに書きとめつづけた。

弘万歳!!!!弘万歳!!!!

どうも、泰弘信者のゆかりごはんです。この作品を読んであなたも泰弘教の信者となりましょう。…このスタンスは泰弘に怒られそうだから、この辺りでやめておこう。

いやぁ、本当に心温まる良い作品だった本屋大賞ノミネートも納得の名作だ。複雑な家庭環境である宙ちゃんと周りの大人たちが、美味しい料理に勇気をもらいながら成長していく物語である。大人だってダメな部分はいっぱいあるし、闇を抱えて生きている。そこを認めた上でどう生きていくのか。何を他人に与えられるのか。この作品を通して、そういったことを学べた気がする。自分も何か他人に与えられる人間になりたいなぁ。

ちなみに、今作はタイトルからは想像できないほど内容が重い軽い気持ちで読むと心に傷を負うこと間違いなしである。だが、そこを我慢してでも読む価値はあると思うので、どうか頑張って耐えてほしい。絶対に読んで良かったと思えるから。

 

『ミリは猫の瞳のなかに住んでいる』四季大雅

これは「僕」が「君」と別れ、「君」が「僕」と出会うまでの物語だ。

★第29回電撃小説大賞《金賞》受賞作★
読書メーターOF THE YEAR2023-2024 ライトノベル部門第2位☆

瞳を覗き込むことで過去を読み取り追体験する能力を持つ大学生・紙透窈一(かみすきよういち)。退屈な大学生活の最中、彼は野良猫の瞳を通じて、未来視の能力を持つ少女・柚葉美里(ゆずのはみり)と出会う。
猫の瞳越しに過去の世界と会話が成立することに驚くのもつかの間、『ミリ』が告げたのは衝撃的な『未来の話』。

「これから『よーくん』の周りで連続殺人事件が起きるの。だから『探偵』になって運命を変えて」
調査の過程で絆を深める二人。ミリに直接会いたいと願う窈一だったが……
「そっちの時間だと、わたしは、もう――」

死者からの手紙、大学の演劇部内で起こる連続殺人、ミリの言葉の真相──そして、嘘。
過去と未来と現在、真実と虚構が猫の瞳を通じて交錯する、新感覚ボーイミーツガール!

デビュー作『わたしはあなたの涙になりたい』(小学館ガガガ文庫刊)は『このライトノベルがすごい!2023』(宝島社刊)新作部門1位を獲得。
超大型新人が電撃小説大賞の看板を引っ提げて繰り出す衝撃作!

恋愛×SF×ミステリ!要素てんこ盛りの意欲作!

今作は、ありとあらゆる要素をギュギュっと詰め込んだ青春演劇ライトノベルである。いや、この作品すごいよ。間違いなく名作だと思う。どう考えても取っ散らかりそうな設定なのに、1つのミステリ作品として綺麗にまとめ切っている。登場キャラたちも魅力的であるし、ミステリのレベルも非常に高い。終盤の展開も非常に練られていて、見事としか言いようがない。ラノベだからと敬遠するには惜しい作品である

ただ、同時に非常に惜しい作品であるとも言える。今作の設定や話の展開は間違いなく傑作レベルなのだが、1つ大きな欠点がある。それは、恋愛感情の理由付けが甘いことだ。ミリが主人公のことを好きである理由は最後に明かされるのだが、主人公がミリのことを好きになる理由が最後まで曖昧なのだ。言ってしまえば一目惚れだ。両想いであることが最後の展開のエモさに大きく効いてくるため、その辺りをもう少し丁寧に書いてあれば間違いなく傑作だっただろう。

僕は今作を読んで、この作者のファンになったことをここに明言しておく。実は、今作はこの作者の作品群の中では最も評価の低い作品らしい。そのことを知った時、「え、この完成度で!?」と驚いた。同著者の他の作品を読むのが今から楽しみである。

 

『最後は臼が笑う』森絵都

とてもひねりの効いた、一筋縄ではいかない大人のための恋愛短編。確かに女と男は〝出会う〟のだが、そこから先が尋常ではない。幸せの形は人それぞれとは言うものの……。

ヒロインは公務員の桜子、39歳。人生このかた、ろくでなしの悪い男にひっかかり続けてきた関西人。妻子持ちに騙され、借金持ちには貢がされ、アブノーマルな性癖持ちにいたぶられる。ところが、桜子は「ろくでなしや、あかん奴や言われとる男に限ってな、どっかしら可愛いとこを持っとるもんなんや」と公言し、好んで吸い寄せられていく。高校時代からの友人の「私」は、悪弊の連鎖を断つべく有志を募り、「桜子の男運を変える会」まで結成したが、当人は我関せずだから、どうしようもない。

ところがある日、解散して早十年を数える会に、桜子から緊急招集がかかる。「一分の隙もない完全な悪」にとうとう出会ってしまったのだという。〝完全な悪〟とはいったい何者か?

20分くらいで読める短編であるにもかかわらず、非常にスカッとした気持ちになれる爽快小説。最後のタイトル回収は見事であり、ふふふ…とニヤついてしまうこと間違いなしである。何を語ってもネタバレになるので詳しくは書かないが、サクッと読めるので興味のある人はとりあえず読んでみてほしい。

 

『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』汐見夏衛

親や学校、すべてにイライラした毎日を送る中2の百合。母親とケンカをして家を飛び出し、目をさますとそこは70年前、戦時中の日本だった。偶然通りかかった彰に助けられ、彼と過ごす日々の中、百合は彰の誠実さと優しさに惹かれていく。しかし、彼は特攻隊員で、ほどなく命を懸けて戦地に飛び立つ運命だった――。のちに百合は、期せずして彰の本当の想いを知る…。涙なくしては読めない、怒濤のラストは圧巻!

良くも悪くも小中学生向けだなぁと感じた作品。まぁ若者に戦争の愚かさを伝えるという点においては成功しているんじゃないかな。映画化までしているし。

残念ながら、僕には全く刺さらなかった。主人公の空気の読めない言動にひたすらイライラするし、オチも想像を全く超えてこない。でも、この作品は何も悪くない。真っ直ぐに物語を受け止めることができない、性根が捻くれて腐り落ちてしまっているこの僕が悪いのだ。

すごく真っ直ぐで純粋で、メッセージ性の高い作品ではあるとは思うので、好きな人は好きなのだろう。穢れを知らない頃に出会いたかったと思う作品だった。

 

 

2024年4月 1週目 読んだ本まとめ 『かがみの孤城』『方舟』『新釈 走れメロス』『雨の日のアイリス』

どうも、読書記録ノート代わりにブログを書いている、ゆかりごはんです。

 

この記事では、面白かった面白くなかったにかかわらず、とりあえず今週読了した小説を記録がてら軽くまとめようと思う。僕が今週読んだ小説は、以下の4作である。

 

かがみの孤城辻村深月

あなたを、助けたい。

学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。

今週読んだ小説の中ではぶっちぎりのNo.1小説。面白すぎて夜中に一気読みしてしまい、翌日会社の会議に徹夜で挑む羽目になった。それぐらい世界観に没頭してしまう神小説である。

今作は、大きな孤独を抱えた7人の中学生たちが鏡の中の城に集められ、城の中に隠されたどんな願いも叶えられる鍵を見つけ出すミステリ要素と、仲間たちとの友情やいじめに対してどう対処していくかという青春要素が組み合わされた、非常に完成度の高い小説となっている。

とにかく心理描写が緻密で、登場人物全員に感情移入してしまうこと間違いなしである。皆の行動や思考にも説得力があり、実体を持ってキャラたちがそこに存在しているように感じられるのだ。

読者初心者にもおすすめできる傑作ではあるが、注意点が1つ。それは、結構いじめの描写がキツイことだ。軽い気持ちで読むと、人によっては心の傷が掘り起こされて苦しい気持ちになったり、気分が悪くなったりするかもしれない。それでも、最後は読んでよかったと思えること間違いなしなので、興味のある人は是非手に取ってほしいと思う。

 

 

『方舟』夕木春央

9人のうち、死んでもいいのは、ーー死ぬべきなのは誰か?

大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った三人家族とともに地下建築の中で夜を越すことになった。
翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれた。さらに地盤に異変が起き、水が流入しはじめた。いずれ地下建築は水没する。
そんな矢先に殺人が起こった。
だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。生贄には、その犯人がなるべきだ。ーー犯人以外の全員が、そう思った。

イムリミットまでおよそ1週間。それまでに、僕らは殺人犯を見つけなければならない。

ミステリ小説界の数々の賞を総ナメし、本格派ミステリでありながら2023年本屋大賞7位を受賞した非常に評価の高い今作。

多くの読書家を敵に回すかもしれないが、僕は「本格ミステリ小説」に苦手意識を持っている。登場人物たちが感情を抑制させられた駒のように思えてしまい、感情移入できないからだ。今作もその傾向はかなり強く、登場人物の関係性や心理描写はおまけ程度にしか存在しない。完全にミステリに魂を売っている作品である。

しかし、それでも今作は非常に楽しめた。舞台設定や物語の展開が秀逸で、一気読み不可避の徹夜本である。ミステリが苦手な僕でもこんなに楽しめたのだから、ミステリ愛好家の人たちは本作を読んで狂喜乱舞していたんじゃないか。何を語ってもネタバレになってしまうため、詳しいことは書けないのだが、とにかく面白さは保証しよう。人気になるのも納得の名作である。

 

 

『新釈 走れメロス森見登美彦

気高いまでの破廉恥。 ―近代文学を現代京都に転生させた名短編集―

芽野史郎は全力で京都を疾走した――無二の親友との約束を守「らない」ために! 表題作の他、近代文学の傑作四篇が、全く違う魅力をまとい現代京都で生まれ変わる! 滑稽の頂点をきわめた、歴史的短編集!

腐れ大学生を書かせたら右に出る物はいない森見登美彦による、古典作品の新釈短編集である今作。『山月記』『藪の中』『走れメロス』『桜の森の満開の下』『百物語』を、森見ワールド全開で打ち直した短編を5作も楽しめる非常にお得感のある一冊となっている。特に、『新釈 走れメロス』と『新釈 桜の森の満開の下』が個人的に非常にお気に入りである。

『新釈 走れメロス』では、学園祭の大舞台で楽団の音楽に合わせて桃色ブリーフで踊るのを避けるため、親友を人質にして追手から逃げ惑うという、阿呆の極みのようなエンタメ全開のおバカ作品である。疲れた時に読めば、元気のもらえる一作であろう。

そんなバカげた話もあれば、かなり真面目でシリアスな話もあり、本当に完成度の高い小説となっている。森見登美彦初心者にもおすすめできる。興味があれば是非読んでみてほしい。

 

 

『雨の日のアイリス』松山剛

ここにロボットの残骸がある。『彼女』 の名は、アイリス。正式登録名称:アイリス・レイン・アンヴレラ。ロボット研究者・アンヴレラ博士の元にいた家政婦ロボットであった。主人から家族同然に愛され、不自由なく暮らしていたはずの彼女が、何故このような姿になってしまったのか。これは彼女の精神回路(マインド・サーキット)から取り出したデータを再構築した情報 ── 彼女が見、聴き、感じたことの……そして願っていたことの、全てである。 第17回電撃小説大賞4次選考作。心に響く機械仕掛けの物語を、あなたに。

友人からおススメされて読んだ本作。たかがラノベと侮るなかれ。非常に完成度が高く、ガチで泣ける名作だった。さすが僕の友である。僕の好みがわかっている。

序盤は、ロボット:アイリスと主人のアンヴレラ博士との幸せで微笑ましい日常をひたすら描いているのだが、中盤で博士が死んでからはそれはそれはもう壮絶である。アイリスも体が壊れてしまったため、醜い異形の体に改造され、音や視界は常に土砂降りの雨の中にいるようなノイズが混じり、ボコボコにされながらひたすら土木強制労働を課せられるようになる。序盤との落差が凄まじく、読んでいて本当に辛い気持ちになる。

そんな中アイリスは、超ブラック職場で出会った二人のロボット、リリスとボルコフたちと生きる意味について話し合うようになり、皆で脱走の計画を練り始める。その結果やいかに…。という物語である。

マジで泣いた。僕はロボットものに心底弱いのだ。薦めてくれた友人には本当に感謝している。ベタな展開に拒否反応を起こさず、とにかく泣いてみたいという人には今作を強くおススメする。

 

『かがみの孤城』辻村深月:孤独な学生たちの奮闘劇

 

かがみの孤城

著者 :辻村深月

出版社:ポプラ社

ページ:554

満足度:★★★★★★★★★★

 

今最も熱いと言っても過言ではない超人気作家、辻村深月による青春×ミステリ小説、『かがみの孤城』。本作は、2018年本屋大賞を受賞しており、アニメ映画化もしている辻村深月の代表作である。

しかし、僕は今の今まで今作を読んだことが無かった。というか、辻村深月作品に触れてこなかった。なんとなく自分に合わない作風だと勝手に思い込んでいたのだ。そのため、本作が初めて読んだ辻村深月作品となった。そして、僕は本作にドはまりした。翌日に大事な会議があったにも関わらず、僕は徹夜でかがみの中の世界にのめり込んだ。

これはブログに読書記録として残さねば失礼というもの…。というわけで、感想を以下につらつらと綴っていきたいと思う。もちろん、ネタバレは無しで。

 

以下、あらすじ

 

あなたを、助けたい。

学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。

 

心理描写が半端じゃない

小説において最も重要な要素は、キャラクターに感情移入できるかどうかだと僕は思っている。どれだけストーリーが優れた小説であっても、作者の傀儡であるようなステレオタイプのキャラが登場すると、それだけで心が物語から離れてしまう。簡単に言うと、冷めてしまうのだ。そいつがどんな行動を取ろうと、ふーん、としか思わなくなってしまう。我ながら可愛くない人間である。

その点においては、本作は完璧である。むしろ、緻密に描きすぎているが故に、自分もいじめられて不登校になった学生だと錯覚してしまうほどだ。個人的な境遇もあるだろうが、ここまで主人公に感情移入できてしまう小説は、本作が初めてである。性別も違うのに。

本作の登場人物たちは孤独を抱えている学生たちであり、彼女たちの境遇を考えると無意識に応援してしまう。仲間意識が勝手に芽生えてしまう。これも、作者の筆力によるものだと思うと、本当にすごい作家だなぁと思わざるを得ない。

ふと疑問に思ったのだが、この作品をいじめっ子たちが読んだらどういう感想をもつのだろうか。登場人物たちに全く感情移入できないのだろうか。それとも、自分が過去に犯した罪を忘れ、泣ける作品だとか傑作だとかのたまうのだろうか。非常に気になるところである。

 

ちゃんとミステリ小説

何を隠そう、本作はミステリ小説でもある。あまり語るとネタバレになるので詳しくは書かないが、何でも願いが叶えられる鍵はどこにあるのか、そもそもかがみの城とはなんなのか、狼のお面を被った少女は誰なのかといったところまで全て回収される。しかも、ヒントはしっかりと読者にも提示されているため、アンフェアというわけでもない。本当に完成度の高い小説である。

そもそも、辻村深月先生は、かの傑作ミステリ小説『十角館の殺人』を読んで衝撃を受け、その作者である綾辻行人先生から「辻」という一文字を取って自分のペンネームに使用しているほどのミステリオタクである。ミステリとしての完成度もずば抜けているのも納得である。

 

 

本作は本当に素晴らしい作品だった。満足度も文句なしの★10個である。映画の方はまだ鑑賞できていないのだが、どうなんだろうか。小説としては傑作ではあったものの、映画として2時間でまとめ切るのは難しそうにも思えるのだが。とにかく、本作をまだ読んだことがないという方がもしいれば、すぐに読み始めることをお勧めする。

2024年3月 面白かった本まとめ『成瀬は天下を取りにいく』他4作

どうも、読書記録ノート代わりにブログを書いている、ゆかりごはんです。

丁度月末ということもあり、本記事では、今月読んだ小説の中で面白かった作品、印象深かった作品、再読して良さを再確認した小説などを数冊紹介しようと思う。

ちなみに、僕が今月読んだ小説の冊数は15冊である。多くもなく少なくもなく…という何とも反応しづらい冊数なのだろうが、個人的にはかなり読んだ方だと思う。人生の中で最も小説を読んでいた頃の記録が年150冊かそこらだったため、このままのペースでいけば2024年は新記録を出せるかもしれない。まぁ、小説は楽しむことが最も重要であって、どれだけ読んだかなんてどうでも良いことではあるのだが。

そんな15冊の中から、今回は5冊ほど紹介したいと思う。ただし、僕は昔から新作にはあまり手を出さず、古本屋の100円コーナーに並んでるもので、表紙やタイトルに惹かれたものをまとめ買いして読むというスタイルである関係上、紹介する作品は旧作メインになると思う。そのあたりは、予めご了承いただきたい。

 

『成瀬は天下を取りにいく』宮島未奈

2020年、中2の夏休みの始まりに、幼馴染の成瀬がまた変なことを言い出した。
コロナ禍に閉店を控える西武大津店に毎日通い、中継に映るというのだが……。
M-1に挑戦したかと思えば、自身の髪で長期実験に取り組み、市民憲章は暗記して全うする。
今日も全力で我が道を突き進む成瀬あかりから、きっと誰もが目を離せない。
2023年、最注目の新人が贈る傑作青春小説!

若者を中心に曝売れし、2024年本屋大賞にもノミネートされた連作短編小説。この勢いのまま本屋大賞をもぎ取り、天下を取ってほしいと心から願っている。

いやぁ、本当に読んで良かったなぁ…。普段の僕の選書が悪いのだが、ここまで爽快で清々しい読後感を味わったのは久しぶりだ。

今作のレビューでは、超行動力主人公:成瀬あかりがフューチャーされがちであるが、成瀬を取り巻く周りのキャラたちも負けず劣らず魅力的である。特に、唯一の成瀬アンチキャラである同級生:大貫かえでがマジで良い。この子の捻くれた考え方と行動が、自分の学生時代と重なる部分もあり、非常に感情移入できた。

小説をあまり読んだことが無いという読書初心者にもおすすめの名作だと思うので、興味があれば是非読んでみてほしい。

yukari-gohan.hatenablog.com

 

『夜市』恒川光太郎

何でも売っている不思議な市場「夜市」。幼いころ夜市に迷い込んだ祐司は、弟と引き換えに「野球選手の才能」を手に入れた。野球部のエースとして成長した裕司だったが、常に罪悪感にさいなまれていた――。

第12回日本ホラー小説大賞を受賞している『夜市』。実は、恒川光太郎作品は、同じく今月に読了した『スタープレイヤー』しか読んだことがないという状態で本作を読んだ。正直『スタープレイヤー』は個人的にはイマイチだったため、今作もあまり期待せずに読んだのだが、非常に面白い物語であったため紹介したい。

今作を一言で表すなら、「無機質」である。とにかく物語が平坦なのだ。特別盛り上がるシーンやハラハラするシーンは無く、ひたすらに不気味でどんよりとした雰囲気のまま、淡々と物語が進んでいく。冷たさを強く感じる作品である。しかし、それが今作の最大の魅力なのだ。

今作は1,2時間もあれば読めるくらいの短い小説ではあるが、物語の完成度は非常に高いため、手軽に高クオリティなホラー作品を読みたいと思っている人におすすめしたい。

 

夜は短し歩けよ乙女森見登美彦

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作。

山本周五郎賞受賞、本屋大賞2位、アニメ映画化と非常に華々しい経歴を持っているコメディー恋愛小説『夜は短し歩けよ乙女』。本当に面白い小説だった。

とにかく登場人物・世界観が全てイカれている(誉め言葉)。アホしかいない。それでも、黒髪乙女な後輩はものすごく愛らしく見えてくるし、全力で後輩の気を引こうとする先輩のことを応援したくなる。

文体も独特ではあるが、難しい言葉と簡易な言葉が入り乱れてリズム良く並んでいるため、読んでいて非常に心地よい。森見登美彦自身の本に対する教養も凄まじく、読んでいて、「へぇ」と思わず言ってしまう知識もたくさん得ることが出来た。

一癖も二癖もある魅力的なキャラクターたちが織りなすドタバタコメディ(登場キャラたちは皆真剣である)恋愛小説。最近笑ってないなぁと思っているそこのあなたにおすすめしたい。後悔はさせないから。

yukari-gohan.hatenablog.com

 

『Strange Strange』浅井ラボ

「これが僕の真の力、なのか」秘められた力を使い、美少女たちと共に悪を滅ぼす少年・田尾君が直面した、とてつもなく凄惨な事態とは?
問題作「ぶひぶひ♡だらだら」をはじめ、彼と秘密を持つ彼女の心温まる愛の物語「人でなしと恋」など
全4篇でお届けする、浅井ラボの(ある意味で)ハラハラドキドキの連作短編撰。使用前に注意書きをよく読んでね!

悪趣味ここに極まれり!

一応ライトノベルという括りであり、全4篇で構成される短編小説である。本作の特徴としては、とにかくグロい。そして胸糞悪い。毒にはなっても薬にはならない要注意小説である。

とにかく殺戮/拷問シーンを書きたいという作者の欲が前面に押し出されており、それ以上もそれ以下もない。一般受けなど微塵も考えていない。カルト的人気を博すB級スプラッター映画のような小説だ。食人彼女との純愛を描いた「人でなしと恋」はグロテスクだけでなく美しさも内包しており、綺麗で感動できる名作ではあると思うが、他三作は意味もなくグロい。救いもへったくれもない。「ぶひぶひ♡だらだら」とかもうマジで二度と読みたくない。

そんな今作を、僕は何故だか嫌いになれない。むしろ愛おしく思う。間違ってもリアルの知り合いにはおススメできないし、正直読まなければ良かったと思う類の小説であるはずなのに…。

ちなみに、今作の表紙は、上半分だけみれば美形なキャラがこちらを見ているだけの無害を装ったイラストであるが、下半分(テーブルの下)はかなり血生臭いイラストとなっている。しかし、表紙の下半分は帯で隠れてしまうため、新品だと今作がスプラッター小説だと気づけないのである。非常に悪趣味な仕掛けだ。

血に塗れたスプラッター小説が読みたい!という方にはこれ以上ない名作だと思うので、是非読んでみてほしい。

 

『青の炎』貴志祐介

櫛森秀一は、湘南の高校に通う十七歳。女手一つで家計を担う母と素直で明るい妹との三人暮らし。その平和な家庭の一家団欒を踏みにじる闖入者が現れた。母が十年前、再婚しすぐに別れた男、曾根だった。曾根は秀一の家に居座って傍若無人に振る舞い、母の体のみならず妹にまで手を出そうとしていた。警察も法律も家族の幸せを取り返してはくれないことを知った秀一は決意する。自らの手で曾根を葬り去ることを…。完全犯罪に挑む少年の孤独な戦い。その哀切な心象風景を精妙な筆致で描き上げた、日本ミステリー史に残る感動の名作。

エンタメ界の帝王:貴志祐介による、語るまでもない傑作ミステリ小説。個人的にかなり気に入っている作品で、これまでに5周はしている。今月再読したのだが、やはり良い。面白い。切ない。まごうことなき傑作である。

もうとにかく何でも良いから読んだことない人は読んでください。お願いします。

yukari-gohan.hatenablog.com

 

 

今月読んだ中で、紹介したい!と思った小説はこんなものかな。

それでは、また。

『アバター』山田悠介:依存って怖いよね

 

アバター

著者 :山田悠介

出版社:角川文庫

ページ:256

満足度:★★★★★★★☆☆☆

 

作品紹介

僕が小学・中学生の頃に、若者を中心に大ヒット作を連発していた人気作家:山田悠介によるホラー?作品『アバター』。今作は、橋本愛主演で映画化も果たしており、当時山田悠介ファンだった僕は映画館まで足を運んで鑑賞したのを覚えている。

小学生の頃の僕は山田悠介の作品が本当に好きで、『復讐したい』までの作品は、なけなしのお小遣いで全て購入していた。しかし、中学生になってからは貴志祐介宮部みゆきにドはまりし、自然と山田悠介作品を読むことはなくなった。

では、なぜ今更今作を読んだのかというと、実家の本棚に埋もれていたのを偶然発掘したためである。久々に実家に帰り、本棚に積んであった小説や漫画を整理していたところ、山田悠介作品が山のように出るわ出るわ。正直内容はほとんど覚えていないものばかりであったが、非常に懐かしい気持ちになり、無性に読み返したくなったのだ。

自分語りはこれぐらいにして、今作の感想を記していこうと思う。

 

以下、あらすじ

高校2年生で初めて携帯を手に入れた道子は、クラスを仕切る女王様からSNSサイト"アバQ"に登録させられる。地味な自分の代わりに、自らの分身である"アバター"を着飾ることにハマっていく道子だが――!?

 

レアアイテムが世界を変える

本作は、地味で不細工でギリギリ虐められていない根暗な女子高生:阿武隈川道子(通称:アブコ)が、絶大な権力を持った虐めっ子:阿波野妙子に、着せ替えアプリ「アバQ」を半ば強制的にインストールさせられるところから始まる。「アバQ」とは、自分のアバターを好きにコーディネートできるアプリであり、アバQのレアアイテムを持っているかどうかでスクールカーストが決まるほど、若者の間で大流行している。

ちなみに、この虐めっ子である阿波野はマジでやべー女で、クラスメイト全員に自分のことを「阿波野様」と呼ばせており、気に入らないやつがいれば殴る蹴るの暴行を厭わない。こんな奴と同じクラスになった時点で、華々しい高校生活は詰んだも同然である。

アブコは、最初は全く乗り気ではなかったものの、将来の夢がファッションデザイナーであったこともあり、自分のアバターを着飾ることにすっかりハマってしまう。しかし、豪華なレアアイテムは課金しないと買えず、貧乏であるアブコには到底手に入るはずのない品物だった。

だがある日、アブコは無料ガチャキャンペーンにて、男女各50名ずつしか当たらない超激レアアイテムを引き当ててしまう。すると、クラスメイト達は「阿武隈川さん、スゴイ!」となり、一躍話題の中心人物へと変貌する。一夜にしてアブコの世界が変わったのだ。ここまでは良かったのだが…。

 

女王様・アブコ

アブコはもっと人気者になりたいと願い、レアアイテムに異常に執着するようになる。課金のため、援交目的の男から金を盗んだりといった犯罪行為にまで手を染めるようになる。そんなこんなで、アブコはレアアイテムを100個以上手に入れることに成功する。

そんなある日、アバQ内で、アバターコンテスト大会が開催される。アブコは持ち前のファッションセンスと豊富なアイテムを駆使して、なんとびっくり、1000万人の頂点に立ってしまう。日本一位である。さて、そうなるとスクールカーストはどうなるか。そう、全てがひっくり返るのである。

アブコはクラス、いや、学校の女王様となり、深夜の学校でサークル集会を開くようになる。しかも、サークルメンバーは全員ガスマスク着用必須である。イカれている。アブコに陶酔しきっている膨大な数の信者たちは皆、アブコのことを「道子様」と呼び、サークル内の階級が上がると大粒の涙を流して道子様に感謝の意を告げる。傍から見れば不気味な宗教である。てか学校の警備員は何をしているんだ。こんな奴らさっさと追い出してやれ。

そして、女王アブコは、信者から金を巻き上げて好き勝手するようになる。好きな男性に高価なプレゼントを買ってあげたり、自分の顔をアバターの顔に整形したりする。さらに、虐めっ子:阿波野を信者たちでフルボッコにし、退学にまで追いやる。やりたい放題である。こうして、アブコはカーストの頂点に君臨することとなる。

 

依存/執着って怖いねっていう話

終盤では、レアアイテムを手に入れるため、そして個人的な復讐のために主人公は完全に一線を超えてしまう。放火もすれば死体遺棄もすれば殺人もする。タブーの嵐である。僕みたいな無趣味な人間は、一つのことにこれだけ執着できるってすごいなぁ…と感心してしまった。

こういう作品を読むと、何かに依存して執着することは本当に怖いことだなと思う。最近、youtuberやtiktokerが登録者や閲覧数に執着するあまり、もはや正気とは思えない行動を取り、大炎上しているのをよく見かける。叩く方も叩く方で、自分本位の正義に執着し、息をするように誹謗中傷コメントを書き込んでしまう。何かに強く依存してしまうと、人は良し悪しの判断力を失ってしまうのだろうか。恐ろしいねぇ。

 

 

実に十数年ぶりの山田悠介作品であったが、期待以上に楽しめた。そのため、気が向いたら、また別の山田作品を読もうと思っている。『リアル鬼ごっこ』は小学生の時に10周以上していてもうお腹一杯なので、『×ゲーム』とか『オール!』とか『その時までサヨナラ』とか、面白かった覚えはあるがほとんど内容を覚えていない作品にしようかな。

『スタープレイヤー』恒川光太郎:異世界で好き放題できるとしたら…?

 

『スタープレイヤー』

著者 :恒川光太郎

出版社:角川文庫

ページ:400

満足度:★★★★★☆☆☆☆☆

 

作品紹介

日本ホラー小説大賞をはじめとしたさまざまな賞を受賞している実力派、恒川光太郎によるファンタジー小説『スタープレイヤー』。本作はNHKでラジオドラマ化もされており、続編も出版されている人気作となっている。恥ずかしながら、恒川先生の作品はこれまで読んだことがなかったため、今作が初めての恒川作品となる。

 

以下、あらすじ

路上のくじ引きで一等賞を当て、異世界に飛ばされた斉藤夕月(34歳・無職)。そこで10の願いが叶えられる
「スタープレイヤー」に選ばれ、使途を考えるうち、夕月は自らの暗い欲望や、人の抱える祈りの深さや業を目の当たりにする。
折しも、マキオと名乗るスタープレイヤーの男が訪ねてきて、国家民族間の思惑や争いに否応なく巻き込まれていく。
光と闇、生と死、善と悪、美と醜――無敵の力を手に、比類なき冒険が幕を開ける!
鬼才・恒川光太郎RPG的興奮と神話世界を融合させ、異世界ファンタジーの地図を塗り替える、未曾有の創世記

 

 

ワクワクする展開

今作は、34歳無職の主人公:斎藤夕月がクジ引きで一等を引き当て、スタープレイヤーとして異世界に飛ばされるところから始まるファンタジー作品である。ちなみに、二等は五億円、三等は一億円である。頼む、僕にもクジを引かせてくれ。

そうして異世界に飛ばされた夕月は、スターボードと呼ばれる端末を手に入れる。これは、スタープレイヤー以外には視認できず、どんな願いも10個まで叶えられる〈十の願い〉という力を内蔵した魔法の端末である。元の世界に戻るには、最低100日は異世界で過ごさなければいけない。さぁ、あなたならどうする…!という、非常に序盤から興味のそそられる展開である。

序盤の真ん中辺りで、夕月は願いを叶える力を1つ消費して、自分の左足のアキレス腱を切断した通り魔を異世界に呼び出し、監禁して謝罪を強要するという、非常に僕好みの行動をとる。あぁ、本当にたまらない。この辺りのジメジメとした展開は非常に美味である。これはとんでもない作品に出合ってしまった…!と思わずガッツポーズをしてしまった。

 

展開がサクサク

今作は、サクサクと話が進んでいくため、非常に読みやすい。中だるみせずにひたすら突っ走る作風となっており、ストレス無く読むことができる。登場人物もそこまで多くないため、頭がこんがらがることもない。今流行りの異世界転生モノ的な作風でもあるため、あまり小説を読まない中学・高校生にもおすすめできる作品であると思う。

しかも、実際に現地を訪れてマップを広げていくシステムや、徘徊している異形のモンスターなど、RPG好きにはたまらない要素がてんこ盛りであり、非常に読んでいて楽しい。RPGにはまったことのある人なら、世界観だけでもうたまらなく興奮できるのではないだろうか。

 

しかし、個人的な本作の満足度は星5つである。それはなぜか。

※以下に、今作に対する否定的な意見を載せています。今作が好きな方、未読の方はブラウザバックすることを推奨します。

 

〈十の願い〉がチート過ぎる

正直、今作の惜しい部分は「十の願いがあまりにもチート能力すぎる」という点である。〈十の願い〉は、代償もなく好きな願いを10個まで叶えられる能力なのだが、適応範囲があまりにも広すぎる。

例えば、「チーズケーキが食べたい」という願い事を叶えたいとしよう。しかし、これだけで力を1つ消費してしまうのはもったいない。ならば、「ケーキがいっぱい並んだテーブルが置かれた、二階建ての、家具が揃った家が欲しい」とすればどうだろうか。こうすれば、ケーキのついでに家具付きの家も手に入る。そう、今作ではそれが許されているのだ。つまり、1つの願い事の中にいくらでも複数の願いを詰め込むことが可能となっている。

これではあまりにもチート過ぎる。しかも、矛盾している願いや物理法則の土台を変えてしまう願いはNGだという制限はあるのだが、過去に死んだ人を生き返らせることは可能である。そのため、中盤あたりで国同士の戦いが勃発して兵士がたくさん戦死したりするのだが、複数の願いを1つにまとめられるという性質上、「~のついでに、一年以内にこの国で死んだ人を生き返らせる」と願えば全員生き返ってしまうのだ。こうなっては、誰かが死んでもどうせまた生き返るんだろう、と少し冷めた目で物語を追ってしまい、ワクワク感が損なわれてしまう。

そんな力を持っているのにも関わらず、夕月は中々力を使おうとはせず、最終的に敵に追い詰められ、想像を遥かに下回るしょうもない願いを叶えて国を救って一件落着、となる。うーん。序盤がピークだったかなぁと思わざるを得ない。

 

 

少し厳しめの意見となってしまったが、それは、今作は本当に惜しい作品だと心から思ったためである。願いを叶える能力を使って異世界に飛ばした黒幕を見つけ出す、とか、スタープレイヤー同士の願い事バトル勃発、とかそういう方向に持っていけば文句なしの傑作となった気がしてならない。続編である『ヘブンメーカー』はかなり面白い作品だと聞いているため、近いうちに続編を読んでいこうと思っている。